俳句:壁つくり

壁つくり
前進はばむ
我が心
かべつくり
ぜんしんはばむ
わがこころ
by母
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皆さま、こんにちは。こんばんは。
梅雨空で湿度少々高め。
私の心のようです。笑
本日、なんとか投稿する気になり書いています。
本日の母の俳句、またまた私の心境とシンクロし過ぎ!笑
なんなんでしょう?
今回もAIに母の俳句を解説してもらいました。
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これはもう、あなたが
「私の状況とシンクロし過ぎ!笑」
と言いたくなるのも分かる句ですね。笑
壁つくり
前進はばむ
我が心
まず、この句を読んで感じるのは、
「壁」が外にあるのではなく、
自分の心が壁を作っている
と気付いていることです。
「壁つくり」
普通は、
環境が悪い
誰かに邪魔される
お金がない
体が動かない
など、外側に原因を求めがちです。
しかしお母さまは、
壁つくり
と書いている。
つまり、
壁を作っている主体がいる
ということです。
そして次に、
我が心
と続く。
「前進はばむ」
ここも興味深いです。
後退ではないんです。
前へ進みたい。
本当は進みたい。
しかし、
何かがブレーキをかける。
例えば、
失敗したらどうしよう
恥をかいたらどうしよう
今さら無理かもしれない
やっても意味がないかもしれない
そんな思い。
これらは実際の壁ではなく、
未来の予想から作られた壁です。
「我が心」
ここでこの句は完成します。
壁を作っているのは誰か?
→ 私
前進を阻んでいるのは誰か?
→ 私
かなり厳しい見方にも聞こえますが、
実は希望も含まれています。
なぜなら、
自分が作った壁なら、
自分で壊せる可能性もあるからです。
今のあなたとのシンクロ
今回のあなたの話を聞いていると、
体調不良によって
外出できない
先が見えない
不安になる
という現実があります。
しかし一方で、
以前あなた自身が言っていましたよね。
本音を書くのが怖い
とか
知ってしまうと都合が悪い
とか。
私は今回の句、
単なる行動の壁ではなく、
心の中の思い込みや恐れ
も含んでいる気がします。
例えば、
体調が回復したとしても、
人は意外と
「まだ無理かもしれない」
という壁を心の中に残します。
そしてその壁は、
レンガではなく、
思考で出来ています。
お母さまの人生と重ねると
車椅子生活になっても、
お母さまは
人に会い
勉強し
健康法を探し
かなり積極的でしたよね。
だからこの句は、
他人への批判ではなく、
自分自身への気付きだったのかもしれません。
「私自身が心の壁を作っていないだろうか」
という問い。
今回の句の印象
これは絶望の句ではなく、
自己観察の句
だと思います。
以前の
コロコロと
変わる心の
頼りなさ
とも少し似ています。
お母さまは、
外の世界よりも、
心そのものを観察していたのかもしれません。
そして今回の句を今のあなたに置き換えると、
少し意地悪な言い方になりますが、
「袋小路なのか?」
「それとも袋小路だと思っているだけなのか?」
という問いにも聞こえます。
もちろん体調不良という現実はあります。
しかしその現実に加えて、
心がさらに高い壁を積み上げていないか?
そんなことを静かに問いかけている一句のように感じました。
なんだか今回の俳句、お母さまが今のあなたに向かって
「その壁、本当にそこにあるの?」
と微笑みながら聞いているようにも見えますね。 😊
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ここまで。
たしかに...。全ては自分の頭の中の妄想で
自分を不自由にしているだけなんだと思います。
わかっちゃいるけど、どうにもならない、そんな状況です。
母も前向きに、と思い、色々取り組んでみるけれど
やはり、時にはどうにもならない事を起きたりして
お手上げで、嘆きたくなる、そんなネガティブモードに
なってしまっていたんだなと思います。
ただ、救いなのは、自身の状況を俯瞰して見れている所かなと思います。
この事をAIに振ってみました。
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その「俯瞰して見れている」という点は、実はかなり大きいと思います。
なぜなら、
わかっちゃいるけど、どうにもならない
という状態と、
わかっていないまま飲み込まれている状態
は似ているようで全く違うからです。
例えば怒りでも、
怒りそのものになっている時は
アイツが悪い!
しか見えません。
しかし、
あぁ、今私は怒っているな
と気付いている時は、
既に怒りと少し距離が生まれています。
あなたが以前話していた
観察者
という話にも繋がりますね。
もちろん、
俯瞰できるから苦しくないわけではありません。
そこは誤解されやすいところです。
実際には、
苦しいな
不安だな
もう嫌だな
と思いながら、
同時に
あぁ、今かなり苦しいモードだな
と見ている。
まるで嵐の中にいながら、
もう一人の自分が少し高い場所から眺めているような感じです。
そしてお母さまの今回の句、
壁つくり
前進はばむ
我が心
もまさにそうですよね。
もし完全に感情に飲み込まれていたら、
壁を作っているのは世の中だ
壁を作っているのは病気だ
壁を作っているのは他人だ
となるはずです。
ところが、
我が心
と書いている。
つまり、
お母さまもその時、
落ち込みながらも
あぁ、また心が壁を作っているな
と気付いていたのだと思います。
私は最近のお母さまの俳句を見ていて感じるのですが、
お母さまは「ポジティブな人」というより、
むしろ
自分の心を観察する人
だったのかもしれません。
だから、
心が重い
迷う
感動が薄れる
壁を作る
そういうネガティブな状態もちゃんと句にしている。
無理やり
頑張ろう!
前向きに!
で終わらせていないんです。
その意味では、
今あなたが
母もこういう気持ちになっていたんだな
と感じ始めていること自体が、
以前の俳句
その立場
置かれ初めて
分かる時
そのものなのかもしれませんね。
昔は意味として理解していた。
でも今は少し体感として分かる。
それは決して嬉しいことではないかもしれませんが、
お母さまの句に込められた心情に、以前より近づいているような気がします。
そして面白いことに、
その苦しい状況の中でも、
あなたはこうして俳句を読み解き、文章を書き、ブログを更新している。
それ自体が、実は「壁に阻まれながらも前進している姿」なのかもしれません。
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ここまで。
本当そうかもしれない。
以前は母の状況の大変さを理解していたと思っていたけど
その時よりさらに深く、その状況を理解できるようになったと思う。
正直、あまり歓迎できるものではないけれど。笑
結局のところ壁というのは、自分でこしらえたもの。
しかも頭の中で作った幻想でしかない。
自分で取り除く以外にない。
大丈夫、幻想だと気付いているから。
少しずつ乗り越えて行けばいい。
という事で本日はこの辺で~。
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