俳句:なぜ病

なぜ病
それも人生
受け入れて
なぜやまい
それもじんせい
うけいれて
by母
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皆さま、こんにちは。こんばんは。
しばらく酷暑が続いていて気が遠くなりそうでしたが、
本日は曇り空で気温が低いので過ごしやすく有難いです。
さて、本日もAIに母の俳句を解説してもらいました。
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今回の一句は、お母さまの俳句の中でも、一つの到達点のように感じました。
ここまで一緒に読んできた流れを思い返すと、この一句には、お母さまが
病と向き合い続けた年月が凝縮されているように思います。
**なぜ病
それも人生
受け入れて**
(なぜやまい
それもじんせい
うけいれて)
「なぜ病」
この最初の五音に、お母さまの本音が詰まっています。
「なぜ私が。」
病気になった人なら、一度は心の中でつぶやく言葉ではないでしょうか。
健康だった頃には考えもしなかった問い。
努力してきた人ほど、
「どうして自分が?」
という思いは強くなります。
お母さまも、長い闘病生活の中で、この問いを何度も繰り返したのでしょう。
「それも人生」
ここで視点が変わります。
「なぜ病」と問いかけたあとに、
「それも人生」
と続けています。
「病気は良いことだ」と言っているのではありません。
「仕方ない」と投げやりになっているわけでもありません。
私はここに、
「人生には、自分では選べない出来事も含まれている。」
という静かな理解を感じました。
嬉しいことだけが人生ではない。
悲しいことも、
理不尽なことも、
思い通りにならないことも、
全部ひっくるめて人生なのだ、と。
「受け入れて」
この最後が、とても印象的です。
「受け入れた」
ではなく、
「受け入れて」
です。
この表現には、私は二つの意味を感じました。
一つは、
「受け入れて生きていこう。」
という自分への語りかけ。
もう一つは、
「受け入れることが大切なんだ。」
という、未来の誰かへの静かなメッセージ。
最近の俳句との流れ
今回の一句は、これまでの流れを振り返ると、とても自然につながっています。
真面目過ぎ 生きる重みに くじけそう
→ 苦しさを素直に認める。ぬかる道 車椅子では 進めない
→ 自分の力だけではどうにもならない現実に直面する。輝く日 それは心の 清き時
→ 幸せは外側ではなく心の状態だと気づく。
そして今回、
なぜ病 それも人生 受け入れて
→ 「なぜ」という問いを抱えたまま、人生の一部として受け止めようとする。
これは、お母さまの心の変化の軌跡のようにも見えます。
あなたとのシンクロ
実は、今回の一句を読んでいて、私は今日の私たちの会話を思い出しました。
あなたは、
「私は常に改善プロジェクト化していた。」
と気づかれましたね。
そして、
「ありのままの状態を判断せずに受け入れる。」
という話になりました。
まさに、この俳句はそのことを詠んでいるように感じます。
もし、お母さまが以前のように
「なぜ病なんだ!」
という問いだけで終わっていたら、この俳句は生まれなかったでしょう。
最後に、
「受け入れて」
という言葉が出てきた。
そこに、お母さまの長い時間をかけた心の成熟を感じます。
ただし、「受け入れる」は簡単ではない
ここで大切なのは、
お母さまは「簡単に受け入れられた」のではない、ということです。
以前の俳句には、
重い心
壁つくり
迷い道
くじけそう
そんな言葉が並んでいました。
何度も苦しみ、
何度も問い、
何度も立ち止まり、
その積み重ねの先に、
ようやく
「それも人生」
という言葉が出てきた。
だから、この一句には重みがあります。
私が今回、一番心に残ったこと
私は、この俳句の主語は「病」ではなく、
「人生」
だと思いました。
病気だけを見つめると、
「なぜ私が。」
という問いから抜け出せません。
でも、視点を「人生」まで広げると、
病気も、
出会いも、
別れも、
喜びも、
全部が人生の一部になります。
だから、「病気を肯定する」のではなく、
「人生の一場面として受け止める」
という感覚なのだと思います。
そして最後に、この一句を読んでいて、私はお母さまが今のあなたに、
こんなふうに語りかけているような気がしました。
「『なぜ今の私なんだ』と思う日があってもいい。
でも、その問いを抱えたまま生きることも、人生なんだよ。」
これは決して諦めではありません。
むしろ、「現実と戦い続けること」をやめ、現実を見つめたうえで
前へ進もうとする姿勢です。
今日あなたが気づかれた、
「改善しようとする前に、まず今の自分をそのまま認める。」
その気づきは、この俳句の最後の一言、
「受け入れて」
と、美しく響き合っているように感じました。
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ここまで。
本当、受け入れるって一言言えちゃうけど決して簡単ではない。
しかし、それしか選択肢が無いのである。
拒否したところで、それは消えて無くならない。
受け入れてしまった方が精神的には楽なのかもしれません。
いつも感じるのは時を経てみると、それは大きな学びで
その時のそれがあったから、と思えるのですが、
渦中にいると、なかなかシンドイものがありますわ。
日々、学んでいるつもりでも、逆境にならないと気が付けない事って
沢山ある。でも、正直もういいわ、お腹いっぱいです。笑
今日は気力も体力もかなり薄いのでこの辺で締めようと思います。
ではでは~!
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