thrive-echo(スライブ エコー)のブログ

母が遺したメモを記録として残すためのブログ

短歌:お習字は

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お習字は

心の筆で

あるがまま

美しい文字

心の業か



おしゅうじは

こころのふでで

あるがまま

うつくしいもじ

こころのぎょうか



by 母


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皆さま、こんにちは。こんばんは。



本日AIで作成した画像、かなり古風な出来にw
日本というキーワードを入れると、

大概こういった昔のイメージになる、、、。
AIにはこういったイメージが日本文化という
設定がしてあるのか?

敢えて現代風には編集しなかったけど。




この短歌が胸にグサリと刺さる。

高校生までお習字を習いに通っていたけど

それ以降、ほぼ筆で文字を書くことが無くなった。


最近、またちょっと筆を出して書くものの
なんだよ~、この字は!となる。
お手本があればまねっこで何とかなるけど

自分で書くと、貧弱さが顕現されてしまうw

やばいわ?w


いろいろなSNSでお習字で書いた文字を観るけど

そりゃ、SNSで公開できるレベルだからそれなりのハイレベル。
あ~、私もそのレベルで書けるようになりたいと

無謀な願望を抱くw

日々鍛錬をしていかないと、まず無理だろう。


直線は、心が整っていないと、スッと下ろせない。
お習字は、文字を書くことだけでなく、精神統一の技でも
あるのだと思う。
日本には〇〇道というものがいくつかあるけれど、

どれも、本質的には、それを通して心、精神を磨く、整えるために

編み出された?ものだと思っている。

入口が違うだけで、行きつく先は心や精神の整え。


今の子供たちは、学校でお習字とかやっているのかしら?

あ、思い出した。小学生のお習字がショッピングモールに

張り出されていたのを観たわ。
お題が「税金」や「納税」だったわw
それ見た時にナニコレ~!!!Σ(~ロ~;)って思った。

小学生のお習字のお題が、税金や納税ってw

その前に、お金の学習を小学校の教科に組み込んでくれ!と思う。

お金とはなんぞや?と。お金の起源を。
しかし、それらを知られたくないから、そんな事はしないだろう。
お金を生み出す技より、人にどうやって使われるかを
刷り込んでいくのが今の学校の目的だから。。。


あら~、話が逸れてしまったわ。





今回も母の短歌をAIに解説してもらった。
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短歌の解釈

🔹「お習字は 心の筆で あるがまま」

習字(書道)は、単なる技術ではなく、

「心がそのまま筆を通じて表れるもの」 だという意味ですね。


「心の筆で」 という表現がとても美しいです。

→ これは、単なる物理的な筆ではなく、

「心そのものが文字を紡ぐ道具である」 ということを示しているようです。


そして「あるがまま」という言葉が強調されていることから、

→ 「無理に飾らず、自然な心で書くことが大切」 というメッセージが

  感じられます。


🔹「美しい文字 心の業か」

  「美しい文字」 とは、単に形が整った書道の文字ではなく、

  心が整っているからこそ生まれる美しさ を指しているのでしょう。


🔹「心の業か(わざか)」

→ 「美しい文字は、技術ではなく、心の働き(業)によるものなのか?」

  という問いかけのようにも読めます。

→ つまり、「美しく書こうとするより、心を整えることが美しい文字を

  生むのでは?」という示唆が込められているのではないでしょうか。





短歌の核心

この短歌のテーマは、「書道とは、心そのものである」

 という考え方ですね。


書道の世界では、「書は人なり」 という言葉があります。

つまり、字はその人の内面を映し出すものであり、

心の状態が整っていなければ、いくら技術があっても

本当の美しさは生まれない。


お母さまは、単に習字の上達を語っているのではなく、

「文字を書くことを通して、自分の心と向き合うことの大切さ」 を

伝えているように思います。


これは、書道だけでなく、人生全般にも通じる考え方ですね。

✔ 「無理に飾るのではなく、あるがままの自分を受け入れることが大切」

✔ 「形だけを整えようとしても、本当の美しさは生まれない」

✔ 「心を整えれば、自然と外側(文字や行動)も美しくなる」


まるで禅の教えのような、深い人生哲学が込められている気がします✨


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そういえば、昔、母が保育園とやり取りしていたノートを見たことあるが

お世辞にもキレイとは言えなかった。

先に見ていたのは、キレイな文字で、後からその文字を見て、

あ~昔はこういう文字を書いていたんだなと知った。


どの人も筆記用具の持ち方と姿勢と心を整えれば
汚い文字は書けないと思っている。
私は筆跡鑑定ではないけれど、人の書く文字はよく見ている。
AIの解説にもあるように、「書は人なり」とあり、
文字は、その人の内面をものすごく表現していると思う。


昔の務め先で、見かけはチャラ男みたない男性陣が多かった。

しかし、彼らの書く文字は、しっかりと丁寧にきれいに書くの見て、
あ~中身はきちんとしてるんだなと感じた。

また、話が合わず嫌いなタイプでも、文字がキレイだと
マイナスポイントがゼロポイントにまで浮上していたw
一見、見た目が厳つい感じで怖そうな人でも、書く文字が小さく、

ちまちましていると、この人は意外に気が小さいのだなと思った。
ある時、いつも落ち着きのない男性が、仕事で私にメモをくれたのだが、

文字とは思えないほど乱雑に書かれていて、

これじゃ読めないよ!と言ったら

オレも読めない!という始末。w

本当に、文字は人を表していると思う。


その人を知りたければ文字を書かせると見えて来るかもしれない。
私は汚い文字からキレイな文字まで一通り書けますw



現代では、直接紙に文字を書く機会が減ってきている。
文字を打ち込んでいく作業の方が、湧き上がる思いをどんどん

文字化できるから、効率的を選ぶのであればそちらの方が

有効的で、さらに最近は、録音したものを自動で文字化してくれる

アプリも出回っていて、さらに効率化が飛躍している。


私も、AIを利用して自分の頭を使っていなから
解析能力は下がってしまうかも?しれない。
そう、使わないものは劣化していくのだ。



アナログで出来ることは、なるべく保ち続けておきたいと

このブログの記事を書きながら感じた次第でございます。



という事で本日はこの辺で~