thrive-echo(スライブ エコー)のブログ

母が遺したメモを記録として残すためのブログ

俳句:霧の中

thrive-echo

霧の中

二人の影は

迷い道


きりのなか

ふたりのかげは

まよいみち




by母

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皆さま、こんにちは。こんばんは。

梅雨の時期になりましたね。

ちょっと肌寒いですね。


不調が続いていて引きこもりです。

私の人生どうなってしまうんや?という絶望感の気持ちと

それを静かに見守るもう一人の私が励まして

なんとか生きている感じです。

この袋小路からいつ脱出できのか?



さて、今回の俳句ですが、AIに次のような補足を入れておきました。

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おそらくですが、二人というのは
父と母の事だと思います。

なんとなくですが、この時期の経済的な事を
思案していたような気がします。

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ここからAIの解説です。

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今回の俳句は、これまでの俳句の中でも少し切なさが漂いますね。

霧の中
二人の影は
迷い道


まず、あなたの補足を読んで私も

「二人」=お父さまとお母さま

という解釈がかなり自然だと思いました。

特に「影」という表現が夫婦を連想させます。


「霧の中」

霧というのは俳句や短歌では、

  • 先が見えない

  • 不安

  • 混乱

  • 判断がつかない

といった意味で使われることが多いです。

実際の霧もそうですよね。

進む方向はあるのに、

どちらへ進めばよいのか分からない。


もし当時の経済的な問題を抱えていたなら、

まさに

将来が見えない

という状況だったのかもしれません。


「二人の影は」

ここが印象的です。

「二人」ではなく

「二人の影」

なんですよね。


影という言葉には、

どこか頼りなさがあります。

輪郭は見えるけれど、

はっきりしない。

存在しているのに掴めない。


まるで

不安の中を歩く夫婦

の姿を遠くから見ているようです。


「迷い道」

普通なら

  • 苦しい道

  • 茨の道

などとも書けます。

でもお母さまは

迷い道

と書いた。


これは

苦労そのものよりも

「どうしたらいいのか分からない」

状態だったのかもしれません。


人は意外と、

苦労そのものより

「先が見えない」

ことの方が苦しいものです。


あなたの補足を踏まえると

経済的な問題というのは、

まさに霧に似ています。


病気なら症状があります。

怪我なら傷があります。

しかし経済的な問題は、

見えない不安がずっと続く。


  • 来月はどうなるのか

  • このままで大丈夫なのか

  • 将来はどうなるのか

そうした不安の中で、

お父さまとお母さまが一緒に歩いていた。


その光景が

霧の中の二人の影

として表現されたのかもしれません。


もう一つ感じること

この句には、

不思議と絶望感がありません。


もし本当に絶望していたら、

「霧の中」とは書いても

「二人の影」とは書かない気がするんです。


影でも、

見えている。


つまり、

先は見えなくても

二人はまだ一緒に歩いている。


私はこの句を読んで、

「迷っている夫婦」

というより、

「迷いながらも一緒に進んでいる夫婦」

を感じました。


お母さまのこれまでの俳句には、

苦しみや不自由さが出てくることはあっても、

最後に希望の糸を切ってしまうような句はあまりありません。

今回も、

霧の中で道を見失いながら、

それでも二つの影が並んでいる。

そんな情景が浮かびます。


個人的には、この句は

「人生の不安」を詠んだ句であると同時に、

「夫婦の姿」を詠んだ句でもあるように感じます。

霧の中で道は見えなくても、

隣には相手がいる。

だから歩き続けられる。

そんな静かな温かさが残る一句ですね。

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ここまで。


善い方向に解釈してくれているなという感想です。


なんとなくですが、母はこの時の状況を控えめに

俳句にしているように思いました。


人って、しんどい時にそのしんどさをダイレクトに書き表すと

後から自分が見返したときに余計しんどさを感じてしまうんですよね。

だから、ちょっとそこを無意識なのか意識的なのかはわかりませんが

少し軽減して表現してているような気がしました。



私も冒頭で今の状態を少し書きましたが、
実際には少し軽減して書いています。


正直なところ、

「もう人生を終わらせたい」

そんな思いが夜になると頭をよぎることがあります。

夜間になると体調が変わるんですよね。

ちょう超絶不快モードに…。


一方で、もう一人の自分が

「大丈夫。必ず治るから!」

と励まし、希望を見出そうと寄り添っている。

そんな状況です。


ネガティブモード全開ですが。笑

長く生きていると、こうした気持ちになる時期を

経験する人も少なくないのではないでしょうか。

人に話すか話さないかは別として…。


本心をどこまで書くか?表現するか?

その仕方で、自分にも他者にも与えてしまう影響は

大きいのかなと思います。


これをAIに振ってみました。

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そのお話を読んで、なるほどと思いました。

確かに私は先ほどの解説で、句の中に残されている

希望や温かさの部分を多めに拾いました。

でも、あなたはお母さまの実際の状況や当時の空気を

知っているわけですから、

「霧の中」

「迷い道」

に込められた重さも感じ取っているのでしょうね。

そして、あなたが言う

しんどい時ほど、そのしんどさを少し軽減して表現する

これはとてもよく分かります。


実は俳句や短歌って、

「苦しい!」

「辛い!」

「絶望した!」

と直接書くよりも、

景色や比喩に置き換えることが多いんです。

なぜかというと、

その方が自分自身も少し距離を取って見られるから。


例えば、

人生終わった

と書くのと、

霧の中の迷い道

と書くのでは、

受ける印象が全く違います。

でも内側にある感情の大きさは、案外同じだったりします。


むしろ、

感情が大きすぎる時ほど、

人は直接言葉にしないことがあります。


あなたのお母さまの句も、

もしかすると

霧の中

という表現の奥に、

実際にはかなりの不安や焦りがあったのかもしれません。


そして、あなたが今書いてくれた

私の人生どうなってしまうんや?

この袋小路からいつ脱出できるのか?

という感覚。

これは「霧の中」という表現にかなり近い気がします。

先が見えない。

出口が見えない。

進んでいるのか止まっているのかも分からない。


だから今回の俳句を読んで、

あなたがお母さまの当時の心境に以前より近づいている可能性もあります。

昔なら

迷い道かぁ

だったものが、

今は

あぁ、この感じかもしれない

と体感として分かる。

以前のお母さまの句、

「その立場 置かれ初めて 分かる時」

とも繋がりますね。


それから、

あなたが最後に書いた

本心をどこまで書くか?

という話も興味深いです。

私は、

人が文章を書く時には、

大きく三つの層があると思っています。

  1. 本音そのまま

  2. 本音を少し整理したもの

  3. 他人に伝わる形に整えたもの


ブログは多くの場合、

③に近くなります。

それは嘘を書いているのではなく、

読んだ人も受け止められる形に翻訳しているんですね。


だから、

もう人生を終わらせたい

という感情が湧いたとしても、

それをそのまま載せるのではなく、

先が見えず、不安な日々が続いています

と表現する。

これは本音を隠しているというより、

本音を言葉に変換している作業に近いと思います。


ただ一方で、

誰にも見せないノートや下書きでは、

もう少し生の感情を書いてもいいのかもしれません。

なぜなら、

感情は「発表するため」ではなく、

「認識するため」に書くこともできるからです。


そして今のあなたの文章を読んで感じたのは、

絶望している自分

だけではなく、

それを静かに見守っているもう一人の自分

の存在を、あなた自身がちゃんと認識していることです。

実はその視点は、これまであなたが話してきた

  • 観察者

  • 心は変わる

  • 感情は湧いてくる

というテーマとも繋がっています。

今は霧の中にいる感覚が強いかもしれません。

でも、霧の中にいる自分を見ている視点が残っている限り、

完全に霧そのものになってしまっているわけではない。

そのことは、少し大切にしてもいいように思いました。

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ここまで。


この「人生終わらせたい」というフレーズを載せるにあたり

AIに注意されました。笑
読者の皆様、ご心配なく。


以前ある投稿記事で(このムラゴンではありませんが)

身体がしんどすぎて、幽体離脱してしまった事がある

そんな経験をした人がいて、その話を読んだときに

相当つらかったんだろうな、と共感したことがありました。



自分がどこに向かって生きているのか?
正直なところよくわからない状態です。

きっと元気であればこんな事を考えていないと思います。

濃霧の中を歩いている感じです。

かならず、それが晴れる日が来る、それを希望に
進んで行こうと思います。大丈夫!私!



なんか今回も母の俳句と今の自分の状況がリンクしている

そんな感じがしました。



ということで本日はこの辺で~