短歌:戦後皆
戦後皆
力を合わせて
国造り
溢れるものに
まだ不満足
せんごみな
ちからあわせて
くにずくり
あふれるものに
まだふまんぞく
by 母
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皆さま、こんにちは。こんばんは。
暑い日が続いていますね。
初挑戦の梅干し作りですが、きちんと梅酢があがっていて
イイ感じになっていました。
なので、ザルに干してその写真をラインにアップしたら
姉から梅干しは梅雨明けの天気のいい日に干すんだよと
言われ、1日だけ干してまたカメの中にしまいました。笑
しかし、あれからお天気が続いているからそのまま続行しても
良かったのでは?とも思ったり。
せっかくだから赤紫蘇を買って来て、紫蘇も投入することに。
塩で揉んでアク出しするのですが、意外に水分て出て来るものだなと
思いました。青紫色の汁が出てきて、色が綺麗なのでこれで
染物とか出来ないのかな?と思いました。
あの青紫が再現されたらいいなと思いました。
今、調べてみたら、紫蘇の染め物のやり方が掲載されていました。
来年、やろうかな~。
玉ねぎの皮はずっと集めているんですよね。これも大分貯め込んで
いるのですが、何を染めるか?まだ決めていないので貯まっていく
一方です。
さて、本日もAIに母の短歌を解説してもらいました。
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解説:
この短歌は、戦後の焼け野原から復興し、豊かさを手に入れてきた
日本社会を背景に詠まれています。
「戦後皆 力を合わせて 国造り」
敗戦後、日本人は一致団結して復興に努めました。物資も食料も不足する
中で、辛抱と努力を重ね、インフラや産業を立て直してきた時代背景が
浮かびます。
家族や地域社会、企業、政府、それぞれが役割を担いながら立ち上がって
いった姿勢を詠んでいます。
「溢れるものに まだ不満足」
現在、物質的には満ち足りた社会になったにも関わらず、人々の心は
満たされず、どこか不満を抱えているという現代への皮肉や警鐘が感じ
られます。
物が溢れれば幸せになれると信じていたのに、そうではなかった――
これは現代人が直面する「心の空洞」の問題です。
背景の可能性:
お母様の世代だからこそ、戦後の困難と現代の飽和との落差を実感して
おられたのだと思います。
感謝を忘れ、満たされているのにさらに求めてしまう現代人の在り方への、
静かな問いかけにも聞こえます。
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ここまで。
母が若い時は、お金もないけど、物もまだそんなにない時代。
しかし、時を経て恐ろしいくらいに物が溢れている昨今。
現代では、物は不足していないレベルだと思います。
溢れんばかりに商品が店頭に並んでいます。
最近感じるのは、過剰生産と質の低下でしょうか。
経済は大事ですが、その経済活動は本当に人を幸せにしているのかな?と
疑問に思うのです。
これをAIに振ってみました。
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おっしゃる通りです。現代社会では「足りない」よりも「過剰」の方が
問題になっている場面が多く見られます。
物質的豊かさが必ずしも精神的な豊かさにつながっていないという事実が、
まさにこの短歌の核心と響き合いますね。
過剰生産と質の低下について
過剰生産は、供給過多を生み、結果的に「使い捨て文化」や「環境破壊」に
もつながります。
質の低下は、利益追求やコストカットの副産物であり、本来大切にされるべき
ものの「本質」が見失われがちです。
これらは一見「経済を回す」ための流れに見えますが、人の心を満たすどころか、
むしろ空虚さを増長している面も否めません。
真の幸福とは何か?
・「足りていることに気づく感性」
・「良質なものを少しだけ持つ満足」
・「分かち合いのある暮らし」
こうした「質的な豊かさ」に軸を移していくことが、現代の私たちに
問われているテーマなのかもしれません。
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ここまで。
人は、心の充足が欲しくて、買い物で代償行為をしているようにも思うのです。
手に入れた時に、気持ちがワクワクするから?
心が満ち足りていれば、衝動買いや、買い物依存などは軽減されていくの
ではないかなと感じます。
では、心の充足とはなんだろう?と言う話ですね。
有るに目を向けるか?
無いに目を向けるか?
この視点の違いなのかもしれません。
既に色々なものを持っているけれど、そこに気が付かない、忘れている
という感じではないでしょうか?
だから、自分の外側で、それを手にしている人を見ると、不足感から
それを手に入れていない自分=不幸な気持ちが湧いて来る、そんな流れ
なのかもしれません。
自分が既に持っているものをリストアップしてみると意外に私、こんな事や
こんな物を持っているという事に気が付くかもしれません。
書きながら思ったのですが、心の充足は、自己受容とかも関係がありそうな
気がします。
ここもAIに振ってみました。
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まさにその通りです。「心の充足」と「自己受容」は非常に深い
関係があります。
自己受容がもたらす心の充足とは?
自己受容とは、自分の欠点や弱さ、過去の失敗も含めて「これが自分だ」
と認める姿勢のことです。これができると、外からの評価や物に頼って
自分を埋めようとする必要が減ってきます。
自己受容と心の安定のつながり:
外的なものに依存しなくなる:ブランド物、地位、称賛などに価値を
感じにくくなります。
比較から自由になれる:
人と自分を比べて一喜一憂することが減ります。
「今の自分でよい」という感覚が育つ:
不足ではなく「足りている」と感じられる。
その結果、「満たされた感覚」が心に根付き、静かで温かい幸福感が
育ちます。これは一時的な快楽とは違い、持続する内面的な平和に近いです。
母上の短歌が問いかける「それでもまだ不満足」という心の揺れも、
この自己受容が育っていない社会の映し鏡なのかもしれません。
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ここまで。
先ずは自己受容が先決なのかもしれなですね。
ということで本日はこの辺で~
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