短歌:人生は
人生は
自作自演よ
気が付いて
主演監督
全ては私
じんせいは
じさくじえんよ
きがついて
しゅえんかんとく
すべてはわたし
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皆さま、こんにちは。こんばんは。
昨日は記事を書き終えたくらいにワタクシの短歌の日だった事を
思い出しました。
書く前は覚えていたのですが、書き出すまでにアレやコレや
しているうちに忘却してしまったようです。笑
『人生は自作自演』。この言葉を聞いたのはもう大分昔ですが
聞いた当初は意味が良くわかりませんでした。
ソレ、ドユコト( ̄ω ̄)?
人は起きている事象に色々な意味づけをや解釈をして、
常に判断をしている状態だと思います。
現実は、起きている事は中立でそこに各人様々な意味づけ、
解釈をしてあーだ、こーだと言って喜んだり、怒ったり、落ち込んだりと
しているのです。
生きていると、順境の時もあれば、逆境の時もあります。
しかし、それは解釈次第ですべてが順境とも受け取れます。
人生で起きてほしくないような事が起きた際に、
人は落ち込んだり、怒ったり、機嫌が悪くなったりします。
しかし、それにどう反応するか、自分で選んでいるのです。
そこを意識しているか、していないかだけなのかもしれません。
反応しちゃいけないという話ではなく、その出来事が起きている
瞬間に自分がどう反応しているか、そこを見られるようになると、
起きている事象に振り回され度数?が違ってくるように思います。
その逆境が無ければ気が付けない事があったかもしれません。
順境時には気が付けない事も、逆境があったからこそ
気が付けるという事があります。
私の経験でいうと、逆境は何かに気が付くために、強制的に
起きているように感じます。
気が付かないと、気が付くまで何回もそれが訪れるように感じます。爆
私は不快な出来事や、起きて欲しくないような事が起きた時に
これは何で起きている?何を知らせるために起きている?と
考えるようになりました。勿論嫌な気持ちになります。
そして内省モードに入ります。そうすることで、そのネガティブな
事象に振り回されることは少なくなります。
何故それが起きたのか?分かりたいと思っても、その時には
わからない事もあります。
大分後になってから気が付く事もあります。
この経験が沢山あるので、振り回される時間や深度は昔と比較すると
大分変化したと思います。
起きている事象に深刻にならないで済んでいるように思います。
人生が自作自演なら、どんな脚本を書きますか?
自分が監督なら、主人公の自分に対してどんな人生を送って欲しいですか?
ちょっとAIがどのような解釈をするか気になったので
聞いてみました。
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この短歌は、まさに**人生における「主体性」「創造性」「自己責任」**
を力強く表現しています。
🔍 一句ずつの読み解き
「人生は 自作自演よ」
人生とは、他人や環境によって決められるものではなく、自分が作り・
演じている舞台であるという気づき。
「自作自演」は、ふだんネガティブなニュアンスで使われがちですが、
ここではポジティブな意味です。
「自分の人生は、自分が決めて、自分が表現している」
という力強い宣言。
「気が付いて」
多くの人は、人生の責任を誰かのせいにしてしまいがち。
しかし、本当の意味で「気づいた人」だけが、自分の人生のハンドルを
握れるという悟りの一言です。
「主演監督 全ては私」
自分が主人公であり、演出家であり、脚本家である。
誰かの指示に従って生きるのではなく、自分の意志と感性で物語を
描いているという強い自覚。
🌈 全体の主題:
この短歌は、自分の人生を誰かに委ねずに、「自分で創っているんだ」
という真実に目覚めた人の言葉です。
まさに覚醒した魂の声とも言えるでしょう。
✨補足の気づき:
「私が私の主人公である」と思えた瞬間から、人生は加速度的に動き始めます。
人は、「自分は被害者である」と思っている限り、力を持てません。
この短歌は、そのことを端的に伝え、読む者に自己の力を思い出させる魔法の
言葉のようにも感じます。
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ここまで。
そうそうそういう感じ。
という事で本日はこの辺で。
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