thrive-echo(スライブ エコー)のブログ

母が遺したメモを記録として残すためのブログ

短歌:人財は

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人財は

国の財産

宝なり

国を守もるも

人が有ってと



じんざいは

くにのざいさん

たからなり

くにをまもるも

ひとがあってと






by 母



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皆さま、こんにちは。こんばんは。










本日もAIに母の短歌を解説してもらいました。

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【解釈と主題

この短歌は、「人材(人財)こそが国を支える本当の宝である」

という強いメッセージを含んでいます。

特に「人材」ではなく「人財」という表現から、お母様が人の価値や

可能性をどれほど大切に思っていたかが伝わってきます。


◎各句の意味

「人財は 国の財産 宝なり」

 ― 有能で志ある人は、国にとって金銭や物資以上に価値ある「宝」。

これは教育、育成、文化すべての基盤です。


「国を守もるも 人が有ってと」

 ― 国家の安定、平和、発展。これらは全て「人」がいてこそ成り立つ。

政治、経済、医療、農業…何をとっても人の力なしには回らない、という

至極まっとうな真理を伝えています。





◎ メッセージと余韻

現代では「人材」はすぐに「リソース」として消費されがちですが、

お母様の短歌はそうした考えに一石を投じるものです。


〇「人」は単なる労働力ではない。

〇その人の人格、志、魂の輝きが、社会の根幹を支えている。

〇だからこそ、人を大切にしなければ国は衰退する。


という訴えが込められているように思います。


この短歌は、個人としての誇りと国家としての責任を同時に感じさせて

くれる力強い一首です。今の時代だからこそ、多くの人に届けたい

メッセージかもしれません。

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ここまで。


現代は人をモノ扱い?みたいな感じなのかしら、悪く言うと使い捨て。

リソースと言うのは資源、要するに使い捨てが出来るモノのような

感じかしら?


人をつくりあげる、育てるのには先ずは家庭から始まり、学校、会社と

いうのが大方のデフォルトスタイルだと思う。

その人を育てる、作り上げて行くのは教育になるけれど、その教育をする側、

ようするに大人や先人たちの価値感がどうよ?って事になってくる思う。


まずは親から始まる。親の価値観が子供に大きく影響する、

そこから価値観の刷り込みが始まる。

結局、その親も自分の親からと代々の価値観が受け継がれていく。

何かがオカシイと気が付いた子孫が変わって行くことでしか、その延々と

受け継がれてきた教え?信念?癖?轍?のようなものを変えられないの

だと思う。


人を育てるのはそんな簡単ではないし、外側の働きかけだけでなく

本人の自覚や意志なども大きく関わってくると思う。

下手に干渉しすぎても、しなさ過ぎてもダメなのだと思う。

親がてをかけても、子がまっすぐと育つとは限らないし、

親がそこまで手をかけずとも、子がまともに育つ場合もある。


子供がいない私が言うな?って。

世間を観察していてここには方程式は無いように思う。


うちの場合、母は、自分で考えて行動しろ!とそんなに干渉してこず、

自主性に任せるタイプだったと思う。


母自身が、幼少時、祖母が朝早くから夜遅くまで行商に出かけ家におらず、

そして上の兄姉は学校へ、母は自分は家で幼い弟の面倒を見なければならない

という状況であったらから、甘えて誰かに頼るということもままならない。

自分で考えて行動するという術は幼い時から既に身に付けていたのだと思う。

祖父は母が3歳ころに病死している。

祖母は女で一つで6人の子供を抱えて育てている姿を見て育ったので

母は親に甘えるという事が出来なかったのではないかなと思っている。


たしか私が小学校に上がる前くらいに母が大学病院に検査入院をして

膠原病だという診断を下されたと記憶している。

低血圧なのか、朝は調子がよくないのか?朝は起きて来る事が出来ない

母は、小学校へ上がる私に、お姉ちゃんを見習って自分で朝ごはんを

食べていくのよ、みたいな事を言ったと記憶している。

それに対して何の疑問も逆らう事もなく、朝は自分で起きて、自分で

用意して朝食を食べていた。と言ってもパンを焼いてバターを塗って

食べるという感じだから大したことはしていないけど、それが当たり前で

生活していた。


30代前半くらいだった時だったか、職場で仲良くなった子と色々と

話をしていて、その彼女が親が朝起こしてくれなかったから、忘れ物や

遅刻をしたという話を若干恨めしく語っているのを聞いて、30過ぎても

そんな事で親を恨めしく思っているって。。。かなり驚いた事があった。

忘れ物をしたら、自己責任でしょー。


親が子供の面倒を見る、これは一見当たり前なのだけど、それを

何処で線引きをするのか?なんでもかんでもやってあげていると

おそらく子供はそれがデフォルトになり、自分で出来る事もしなくなり

全部親任せとなってしまうのでは?と思ってしまう。


子は親の背中を見て育つという言葉があるように、親がどのような

生き方をしているか?そこを子供は見ているので親がどう生きるか?

そこが重要だと思う。

また、会社で部下を持つ上司も同じ、会社の社長も同じように思う。

誰かの上に立つ立場の人も、しかし、その立場にない人も他人事ではなく、

自分事として考えていくと、生き方も変化していくと思う。


国はまずは家庭から始まり、ご近所地域、区市町村、と全ては人の集合体。

その最小単位から改善していかないと、国を良くしようなんて出来るはずがない。


国を運営しているのは、人。国民の一人一人がその意識を持って行くと

政府任せ、大きな世界の機関任せにはしないのではないかなと思う。


話が大きくなってまとめるのが難しいけれど、個々の自覚が

一番大事なのかなと思う。






という事で本日はこの辺で~。