短歌:幸せは
幸せは
無条件です
知っていた?
今すぐ此処で
幸せなのよ
しあわせは
むじょうけんです
しっていた(?)
いますぐここで
しあわせなのよ
✰⋆:゚・*:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽✰⋆。::゚・*☽✰⋆。:
皆さま、こんにちは。こんばんは。
またしても曜日感覚が迷子になっておりました。笑
本来なら昨日に掲載する予定でしたが、
うっかりしていたため、本日は繰り越しで、
ワタクシの短歌をお届けします。
なぜこの短歌を作ったのか?
意図?…うーん、もう覚えておりません。笑
ただ、言いたかったのはすごくシンプルなこと。
幸せに“条件”はいらない。
おそらく昔の私は、何かを「足していくこと」が
幸せだと思っていたんだと思います。
「〇〇があるから幸せ」
「〇〇が手に入れば幸せ」
そんなふうに、欲しいものを得て、足し算を重ねる事、
またそれをキープできる状態こそが幸せだと
思い込んでいたのかもしれません。
私にとっての“物欲”は、本でした。
「知りたい」という思いが強く、
その欲求を満たしてくれるのが“本”でした。
だから、私の持ち物で一番多いのは本。
実家に越してくるとき、本が多すぎて
かなり処分せざるを得なかったのですが、、、。
この作業、ほんとうに辛かったです。
手放すのは、なぜこんなに苦しいのか?
新しい本を手に入れる時は、嬉しいのに。
手放すときは、何とも言えない寂しさや虚しさがある。
でも、どれだけ本を持っていても、
この世を去るときは何一つ持っていけない。
全部、ここに置いていくしかない。
執着があるからこそ手放す事がつらくなる。
この「執着」こそが、不幸のタネなのかもしれない。
私の本たちは、いつか図書館に寄贈されるよう、
遺言にでも書いておこうかな?笑
ゴミ箱に入れられるくらいなら、
誰かの役に立ってもらえた方が嬉しい。
幸、不幸は表裏一体であるという事。
幸せと不幸って、紙一重なのかもしれない。
起きた出来事そのものよりも、
それをどう受け止めるか?解釈をしていくがすべての鍵。
不足に目を向けるか
すでにあるものに満足できるか
「ない」ことに執着するか
「ある」ことに感謝できるか
この選択の積み重ねが、日々の幸せをつくっていくような気がする。
本日はAIに私のブログ記事を添削してもらい
さらにそれを修正したものを掲載してみました。
ちょっとAIに添削してもらうと丁寧なのはいいのだけど
私らしさに欠けるので、それを若干修正。
修正してもらって気付くのは、色々な言い回しで
ニュアンスが違ってくるなという事。
なるほど、こういう言い回しのすれば良いのだなと。
有難い事です。
ということで本日はこの辺で~。
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