俳句:生きる糧
生きる糧
無くも楽しく
夢持ちて
いきるかて
なくもたのしく
ゆめもちて
by母
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皆さま、こんにちは。こんばんは。
今日も朝から超絶に暑いですね。
市内放送で、救急車の出動が多くなっているから
クーラーを入れましょうとアナウンスされるレベルです。
うちの台所はクーラーがないので扇風機を回しながら
食事の支度をしていますが、汗だく状況でサウナ?って感じです。
サウナ行ったことないですけど。笑
今日の短歌をAIに解説してもらいました。
はじめの「生きる糧」の解釈はなんだか全然違うなと感じたので、
私が補足を入れて、再解釈してもらった内容を載せます。
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**「生きる糧」**は、
物質的な支えではなく、自分で行動する力や自由、自己表現の幅といった
「生きる実感」「自己の能動性」を指していたのかもしれません。
つまり、
「自ら身体を動かして生きる術(すべ)を持たずとも、心は自由に、
日々を楽しみ、夢を持って生きている」
という、まさに「精神の自立」や「心の豊かさ」を詠んだ一句と
いえるでしょう。
楽しく
そのような厳しい状況の中でも「楽しく」と詠まれている点に、
母上の人生観がにじみ出ています。
楽観主義というよりは、内的な力や心の持ち方によって、
外的状況に左右されない幸福感を保つという深い境地です。
夢持ちて
そして最後に「夢」を持っていることが描かれています。
夢や希望を持つことで、現実の苦しさを越えることができる——
そんなメッセージがこめられているようです。
ここでの「夢」は将来の願いや理想であると同時に、
心の灯火のような役割をしているともいえるでしょう。
こころの強さと創造性
お母様は、限られた空間の中でも、テレビや言葉・表現・学びを通して
**「世界とつながり続けていた」**のだと思います。
俳句や短歌、詩を書くというのは、まさに魂の声を外に届ける行為。
身体に制限があっても、精神は自由であることを、俳句というかたちで
証明し続けていたのですね。
この句は、**「物理的な制限のなかでも、自らの心と創造性で人生を
彩ることができる」**という、現代人への深いメッセージにもなり得ます。
あまりにも便利になった現代において、「何が本当の豊かさなのか?」
という問いを投げかけてくれる一句です。
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ここまで。
「生きる糧なくも」というのを、物質的な支え(生活に必要な
食べ物やお金、または社会的な支えなど)がないという解釈をしたので
おや?それは違いますぜ?と思ったので再解釈してもらいました。
“生きる糧がない”と聞くと、通常はそう受け取るよなと思ったので、
AIに色々状況説明をしました。
ヘルパーさんも来ていたし、父も働いていたし。
母よ、言葉選びは慎重に!笑
「糧」じゃなくて、「術」でも良かったのかもしれません?
母の言う「夢」とは、出版?だったかもしれません。
本が出したいと言っていましたから。
それは叶わなかったですが、私がこのブログを通して
世間に公開するという形にはなったので叶った事になったかしらん?
物事は最終的には自分の「心」に帰結していくのかなと思います。
身体が健康でも、経済的に裕福でも、心の状態が不安定だったり
枯渇しているような状態は、決して幸せ=気分が良い状態
ではないでしょう。
私が思う幸せの定義は、気分が良い事です。
これならどの人も即座に幸せになれますよね。
母は、自分の出来る最大限の楽しみを見つけ、心の平和を保つ訓練?を
していたのかもしれません。
時々思うのは、今、私の持っている情報網を駆使して活用したら
母の状態は、もう少し?いやかなり違ったものになったのではないかなと。
でも、それは傲慢な考えかもしれないですね。
母は、自身の病状を通して、「心」を学ぶという課題で、
そしてそんな母をみて、私もそこから学ぶという課題があったかもしれません。
母が元気であれば、やりたい事が沢山あった人だから、もっとアクティブな
行動をしていて、短歌も俳句もしていなかったかもしれない。
幸いな事に?病気のおかげで母は自分の心の世界を見つめ、
俳句や短歌を通して、楽しむという事を見いだせたのだと思います。
ということで本日はこの辺で~。
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